忍者ブログ
恋愛小説、泣ける本からマニュアル本まで。     Copyright(C)ひろり All rights reserved.
いらっしゃいませ
プロフィール
HN : ひろり
    : 本棚
クリック募金
クリックで救える命がある。

「東北関東大震災」支援クリック募金
イーココロ!クリック募金
ブログ内検索
最新コメント
無題 / NONAME
(08/24)( Res )
(06/20)( Res )
恋空 / キティ♡
(09/08)( Res )
読みたい本をブログで探す

ブログランキングくつろぐに投票

にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ

人気ブログランキングへ


[93] [91] [90] [89] [58] [87] [86] [85] [80] [79] [78]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

死の壁 / 養老孟司
死の壁 / 養老孟司
養老 孟司 / 新潮社 / 2004.4

****哲学**生と死****

大ベストセラー『バカの壁』。
(;゚Å゚) 実はまだ読んでません。
でも内容は知ってます。
『図解今更読むのはバカバカしい?ベストセラー50冊』を読んだから。
(゚Å゚)ノ この本も面白かったよ。絵がたくさん入ってて毒もそれなりに入ってたから。

『死の壁』には、死とは何かを書いてあるってわけでも、
どうしたらいい死に方なのかを書いてあるわけでもありません。

死とは何なのか?と哲学思想ではなく、
「死」とは何をもって「死」とするのかが書いてあります。

死には3種類があります。
「自らの死」「近しい人間の死」「その他大勢の死」。

その他大勢の死は、今日の死亡事故○○人というようなものであり
数字に置き換えられてしまうような「死」です。
そこで何があったかでも、その人物がどんな人であったかもいりません。
自分にとって数字に置き換わる「死」です。
恐ろしいとか悲しいという感情よりも「死」そのものを見ることができます。

近しい人間の死は、親であったり兄弟であったり親友であったり恋人の死です。
もし近しい人間が「死んだ」時に、
まだ生きているように思ったり、「死」そのものの境界線が曖昧になる。

そして「自らの死」。
それは最も自らに近しく最も遠い「死」です。
自分が死んだところを見たことのある人間はこの世に誰もおらず(SF、臨死体験は除く)
そして誰も見ることがない「死」です。
それは自分から最も遠いところにある「死」と言えます。

脳が死んだとき、「死」と認めるのか、心臓が止まった時を「死」とするのか。
「死」には医療の中でも答えがなく、曖昧だそうです。

今は「安楽死」と言うもので騒がれたりするけれど、
「安楽死」は家族だったり本人が判断し、望む。
でもそこに医者の選択権はないとありました。
確かにお医者さんだって人間で、
誰かを殺すことになれてしまうのは恐ろしいことのような気がします。
でも誰もそのことについては考えてあげてない。
それが今の現実です。

「死」を考えるとき、同時にいかに「生きる」かを考えるものだと思うけれど、
どう「生きる」かというのはとても難しい。

だからって簡単に殺していいのか、という問題です。
だって誰だって人を殺したり命を奪うことはできるけど、
その人を生き返らせることは誰にも出来ないんだから。

この本を読んでいろんな事を考えました。

私が死んだとき、誰か生きている人、ひとりでいいから
本当に悲しいと思って欲しいと思う。
ひとりでいいから、本気で泣いてくれるような人が欲しいと思う。
ずっとそんな風に考えて生きてきました。
高校の頃からだからもう10年以上になる。

それってエンドマークが見える目標ではないから
私は死ぬまで、本気で生きていたいと思います。
どこかで手を抜いたり、どこかで諦めたりしない生き方をしたい。

愛だったり恋だったり友情だったりは
消えていくのかもしれない。なくなるのかもしれない。薄れるものなのかもしれない。
それが現実というものなのかもしれない。
でもそれでも
たったひとりでいいから
私が生きていたと言う事を覚えていてくれる人が
本当に悲しいと思ってくれるような人が
私が死んだことを悲しいと思うと同時に、この人と出会えてよかったと思ってくれたら
私が生きた意味になるような気がします。

「死」はいつかやってくるから
良いことも悪いことも全てが生きているからで
今この瞬間がスタートと言う心構えを忘れず生きようと思っています。
それを再確認できた本でした。

語り口調だから読みやすかったし、価格もおすすめです。
何より公立図書館に行けば確実に借りれるところが大プッシュポイントです。
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
無題
引越しお疲れ様。
遊びに来ましたー。

そうだね、安楽死って聞くけどお医者さんのことまで考えたことなかった。
本人や家族が望んだにしても、命を奪うことにかわりはないわけだからお医者さんだって苦しいよね。
だって命を救う仕事なのに。

あたしが死んだら、何かの拍子に思い出してもらえたらいいなって思う。
何かを見て、「あ、まゆこれ好きだったな」とか思い出してもらいたい。
忘れられるのが一番嫌だなぁやっぱり。
でも、自分が死んじゃったらそんなことはわからないのかなー。
どうなんだろうね。
まゆ URL 2006/04/09(Sun)01:09:55 編集
Re:まゆちゃん
例えば、これから先の人生でもう二度と会わない人もいて
その人にとっては死を見ることはないけど、お別れの時ってのはもう終わってて
その人がふと思い出したりしてくれるといいなと思う。
自分が死んだときも、今会わない友達がどう思っているかも
実は同じ様なものなのかなーなんて思ってます。
【2006/06/25 12:15】
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
忍者ブログ [PR]
PR